アポリカ!通信 2026年10月:『Creatures Called Boys 男子という生物』

 
 アポロン開業10年目の今年。10年分の集大成としての『答え』を出そうと、春からコツコツと改革に取り組んできた。金曜日のレベル4(※英検準1級相当)はほぼ仕上がったので、それを基礎として、さらに下のレベルに応用している段階だ。全員が英語を『使える』ようになる英語指導メソッドが、もうすぐ完成する(予定)。もっとも、メソッドが完成に近づいたからといって、生徒たちが『教科書通り』に成長するわけではない。

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 さて、今年もユウリカの夏期講習が終わった。生徒も(講師も)みな頑張った。

 
 高3受験生の男子A。英検準1級にチャレンジ中。高校の『偏差値』という一つの物差しでは測れないほど高い目標に挑戦している。そもそも偏差値など、彼の可能性を測る物差しにはならない。おそらく周りに同じ目標を持つ生徒はほとんどいないだろう。そんな彼が、毎日自習室に来て勉学に勤しんでいることを、当たり前だと思ってはいけない(キリッ

 先週、自習室を見渡していると、いつもの席でどんより浮かない表情をしているのに気付いた。近付いていって「どうした?」と聞くと、「…おちました」と小声で呟きながら、スマホの画面を見せてくれた。英検結果を確かめると、どの分野のスコアも上がっていた。リスニング、ライティング、スピーキングの3分野で、前回より大幅に跳ね上がっていた。リーディングも読解問題はよく出来ていたけれど、語彙問題の正答率が5割を切っていた。

 結果は『不合格』だったが、今まで努力してきたのをずっと近くで見ていたのもあり、しっかりと褒めることができた。帽子の上からなでなでしてあげた。合格できなかったという結果よりも、自分の足で、自分史上最高地点まで登り、目指していた頂上が目前に見えている。その景色こそが重要なんだと思う。

 去年、念願の志望校に合格した高1男子B。その生徒が昨年まで通っていた中学の校長は、奇遇にも私の高校時代の同窓生。当塾では、授業の最後に英語を『使う』時間があるが、彼は毎回、英作文を書く。いつも決まって、その校長の名前を無断で使い、下らない(しょうもない)ユーモアで私を笑わせたり、たまに知性溢れる一文で感心させてくれたりする。

 中学を卒業してからも辞めずに続けてくれたお陰で、学校の成績もまずまず。文法も固まり、英検準1級にチャレンジできるレベルまで引き上げられたのだが、お盆休みを過ぎた頃からダラダラして、学習習慣が途絶えてしまった。目先の快楽に溺れないように、手綱を締めている。失敗した時は、失敗学のチャンスだ。

 中3受験生の男子Cは、英語と数学が得意だ。中1になるタイミングで板橋区役所前ジムに入り、その後ときわ台に移って英語力を高めてきた。一時期、英検2級に何度か不合格になって落ち込んでいたが、夏には勢いでS-CBTを複数回申し込んですべて合格、立派な英検2級職人になった。難関私立大学の附属高を目指して、最近は問題を解くのに集中しているせいか、リスニング力が落ちているのが分かる。無音の英語では味気ないから、忘れないように修正してあげる。でもS模試では偏差値60くらいだし、そもそも入塾時は英検5級レベルだったんだから、大したものだ。

 今年の受験中3クラスは、満席御礼。なぜか男子ばかりのミニ『男子校』クラスだ。修学旅行に行く前に、ひとりの男子Dに「Where are you going?」と聞いたら、「…Golden ……b○○l!」と答えた。金閣寺のことを言おうと、振り絞って「…Golden ……temple!」と来るかと予想していたところに、まさかの回答。「What?! Golden b○○l?!」と何度も聞き返すと、大爆笑が起こった。「それは白板に書けないな。書いたらみんなノートに取るからな。特に和訳は」と言うと、壁際の男子が腹がよじれるほどヒクヒク笑い出した。男子ばかりのクラスになると、こういうことになることもある(※女子がいる時にはこうならない)。

 笑えるくらい哀しくて愛らしい、この男子という生物。実に奇妙で面白い生物だ。意外なほど繊細な一面があるかと思えば、どうしようもなく単純だったりする。真剣に考えているかと思えば、次の瞬間にはしょうもないことで笑い転げている。
 
 そんな姿を見ていると、成績や偏差値だけで生徒を語ることが、いかに無意味なことかと感じる。女子生徒たちと比べると幼く見えることもあるし、忘れ物は多いし、手間が増えるが、その分愛おしい。今も自分の中に残っている男子感が、彼らを理解する財産になっている。

 彼らは今、それぞれの人生の、まだほんの序盤にいる。試験に合格することも、志望校に進学することも、もちろん大切。でも、その過程で何度も失敗したり、時には遠回りをしたりしながら、自分の道を見つけて、自分の足で歩んでほしいと思う。塾の仕事は学問を教えること。それは百も承知だが、最近は年の功か、家庭の外から子育てをお手伝いするような感覚で生徒たちと接している自分がいる。

 男子という生物は、お母さんから見ると謎多き存在なのかもしれない。だからこそ、家庭や学校だけでなく、様々な立場の大人と関わることにも意味があるのだろう。異なる価値観に触れ、褒められたり窘められたりしながら、少しずつ豊かで逞しい人格が育っていく。偏差値や『合格』だけでは測れない力を身につけ、いつか女子とも仲睦まじく生きていけますように。

  

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