先月は『男子』について書いたので、今月は公平に『女子』について書こうと思っていたものの、「男子だからこう」「女子だからこう」といった『性別二元論』もどうかと思い、一度性別の話から離れてみようと思う。
冬期講習のチラシを準備しながら、来年3月にアポロンが10周年を迎えるのを思い出した。冬期講習も大切だけれど、10年に一度の方を前面に出した方がよい気がして、レイアウトを変えた。
アポロン一期生の一人と連絡が取れたので、チラシ用に一言、『声』を書いてもらえないかと頼んでみたら、快諾してくれた。さて、とコラムのテーマを探しに10年間を振り返ってみたところ、色々なことがあり過ぎて収拾がつかなくなる気がしたので、そのままシンプルに『声』をテーマに書き出してしまおうと思う。
アポロンにもユウリカにも、受験や検定試験といった大一番に臨もうとしている生徒がたくさん通ってくれている。
高3受験生Aは、英検スコアを積み上げてきて、念願の2500点に届く実力が付いた。彼はとても理知的で、思慮深くてウイットもあり、行動力もある。イギリス英語のアクセントが、私の郷愁を誘う。レッスンに関して、生徒の視点から改善案をくれたこともあった。自分の考えをしっかりと伝える『声』がある。
しかし一次試験でハイスコアが取れて、残るは面接のみとなったところで、一発勝負のプレッシャーを感じ始めたらしい。Aの何気ない一言から助けを呼ぶような心の『声』が聞こえたので、暇をやりくりして個別特訓をすることにした。初回に課題が明確になったので、練習が出来るように整理してメモを渡した。ついさっき2回目が終わったが、何とか彼に合った論法とフレーズを授けた。来週(土)は面接前日。しっかりと自信をもって臨めるように仕上げたい。
一昨日、最後のコマが終わって片付けをしようとしたところで、高2女子Bに『声』を掛けられた。お母さんに、これからの勉強の仕方や計画について相談してきなさいと言われた、と。もう22時を回っていたけど、どうしても今日中でないと…と切迫した様子だったので、そのまま面談を行った。
Bは次の英検が1月末に控えていて、文法は『何が分からないのか分からない』状態で、しかも2週間後には、学校行事やコンテスト、定期テスト等で忙しくなると言う。彼女の課題に優先順位を付けて、キャパを考えながら、頭を捻りに捻って学習計画を立てた。
先月コラムで書いた高3受験生C(先月はA)が、英検準1級の一次試験に合格した。合格ライン1792点ピタリ賞。打ち合わせた通り、各技能のトレーニングを維持しながら、語彙を集中的に鍛えたら、狙い通りの結果が付いてきた。本人は喜びもひとしお、、と思いきや、まだ面接が残っているからか、とても冷静だった。Cは、夏まではよくAIを使ってライティングのテンプレートを作り、それを丸暗記して臨んでいたけど、「それでは頭が良くならないから」という理由で説得し、止めさせた。
Cと私(M)の実際に行った問答の一例として、『日本政府の国際貢献の方法』を挙げてみよう。
C:「日本政府が発展途上国に農業の支援をした方がよい」と考えます。
M:「では具体的にどうやって?」
C:「トラクターを作った方がよいと思います」
M:「政府の誰が作るの?」
C:「…(答えに困って) トラクターを売った方がよいと思います」
M:「日本でトラクターを開発したり売ったりするのは、政府なの?」
C:「え、違うんですか?」 …となる。
政府や企業の役割や仕組み、具体的な作業といった背景知識がないから、答えられない。こうなると、時間も無くなってきたので『どんな問題にもフワッと答えられるような、SDGsの標語のような万能テンプレート』を求めてしまうことになる。
指導する側も人間なので、つまらないテンプレート文を添削するのは苦痛だ。ツールに自分の『声』まで委ねてしまうと、ますます身体性が失われてしまうように思う。
そんなCも、最初のうちは、自分で考えることに慣れていないからしんどそうだったが、何度も対話して、行ったり来たりと言葉を交わすうちに、考えること、自分の『声』を持つこと、伝えることが苦ではなくなってきたように見えた。そして今回、語彙とリスニングが狙い通り伸びて、正確に逆算したかのようにピタッ!と合格ラインに乗った。
そんなタイミングで、とある個人経営の洋食屋に行ってみた。席についてメニューを見ると、『ホッケンハイム』という料理名が書いてあった。このレストランの一番人気らしく、リストの最上段に書かれている。その聞き慣れない名前の由来をホールの女性に聞いてみると、ドイツの都市の名前で、昔旅をしていた店主が、その土地の郷土料理を食べて感動し、帰国してから「こんな味だったかな」と記憶だけを頼りに自分で作ろうと試行錯誤して作った味らしい。人間らしくて美味しい。
マニュアルやチュートリアルを使わずに、実際の食体験から自分の想像力を駆使してたどり着いた味だと思った。リスペクトを込めて「オリジナリティがありますね」と伝えると、「はい、店主オリジナルです」と笑顔で答えてくれた。
ふと左の壁を見ると、手書きの『店主からのお願い』が掲示されていた。店主さんは、大声や高笑い、手を叩いて笑う、といった騒ぎ方が気になる性格らしい。それを『マナーだから』と窘めるのではなく、それが『料理に影響してしまうから』『ごめんね』みたいな言い回しで書いていた。人間らしい手書きで。
たどたどしい日本語で、文法的なミスが多く、字体も(私の字と同様)綺麗ではなかったけど、むしろ店主の切実な思いが心に響いた。あの文章を読んでから、味に集中できたせいか、少し味覚が変わったような感じもする。
私自身も自分の文章をAIに校正してもらったこともあるけど、ちゃんと意図して使った言い回しまで訂正するように注意されて困った。あの店主の文章は、らしさがにじみ出ていて、添削の余地がなかった。正しい文法を使うことではなく、相手に意思を伝えることが目的だとしたら、あの文章は『満点』だと思う。むしろ、ミスだらけの凸凹した文章だからこそ、ちゃんと読む気になったのかも知れない。
ここからAIがどこまで世界を変えてしまうのか分からないけれど、『人間らしさ』の価値が高まっていく時代が来るのではないかと思う。スピーキングでもライティングでも、これからも塾の信条に沿って、生徒オリジナルの『聲 』を大切に指導していきたいと思う。10周年の感謝の気持ちを込めて。
※画像は友人から届いた手書きのポストカード。味があって好き




